戸隠・鬼無里の旅(2)

いよいよ鬼無里(きなさ)の中心部に向かいます。
この鬼無里ですが読み方も含めてちょっと変わった地名です。
(鬼無里にはアメダスの雨量計があるので、天気に詳しい方はご存知だったりするかもしれません)

意味は読んで字のごとく「鬼のいない里」なんだそうです。

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大望峠から下りてくると鬼無里神社という神社があります。

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この神社の周辺には商店街などもあり、鬼無里の中心地という感じになっています。

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かっこいい土蔵がありました。

で、まずはその奥裾花に向かうことにしました。
道中「奥裾花自然園は休園中です」という案内看板がたくさん出てきます。

国道406号から裾花川沿いに北方向に曲がると奥裾花に向かうことができます。
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こんな感じで田畑はかなりたくさんあります。

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裾花川の様子です。

ここに鬼無里の地名に関連する場所の1つがあります。月夜の陵と内裏屋敷跡です。
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地名の由来には鬼無里に伝わる伝説が関わっています。以下のような話です。

その昔鬼無里に京都から遠流になった紅葉という高貴な女性がいた。鬼無里の人たちは不憫に思い屋敷を建てたり身の回りの世話をして、代わりに読み書きを教わったりした。
しかし都に戻りたい執念からその女性は鬼と化し、都から派遣された平維茂に討たれた。

いくつか派生版の話もあるようですが、大筋としてはこんな感じです。
鬼がいなくなったので鬼無里と呼ばれるようになったというわけです。

この月夜の陵については紅葉の侍女であった月夜という人物の墳墓であるという説と、その昔遷都先の調査のため旅をしていた役人の墓という説があるそうです。
内裏屋敷跡は紅葉の住んでいた屋敷と伝えられています。

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内裏屋敷跡です。

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月夜の陵の入り口です。紅葉の木が植えられています。

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鬼無里には京都に関連する地名がいくつか残っています。これは紅葉伝説に関連して紅葉が京都を思って命名したという説と、鬼無里に駐留していた遷都先調査の役人が命名したという説があります。

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京都由来と思われる場所もいくつかあります。こちらは春日神社です。

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こちらは加茂神社です。
他にも道路にも○条通という名前がついているところもあるんだそうです。

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加茂神社前から。加茂神社はちょっと高いところにあります。

奥裾花を見た後は一旦腹ごしらえということでそば処鬼無里でそばを頂くことにしました。
ここのそばはおいしい上に量が多いのでかなり満足感があります。オススメです。
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紅葉のものと伝えられるお墓があるという松厳禅寺にも寄ってみました。
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境内には紅葉のものと紅葉の家来のものと伝えられるお墓がありました。

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紅葉のパネルがありました。なかなかかわいいです。

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裏面は鬼化していました…

鬼無里もゆっくり探訪できたので国道406号沿いに長野市街へ撤収しました。
前からいってみたい場所でしたが期待以上に魅力のある場所でした。そのまま白馬にもいけるのでまた訪問してみようと思います。

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宿泊は例によってルートイン千曲更埴さんです。毎回輪行袋持参で泊まっていますが輪行袋の客室持ち込みも快諾して下さるのでとてもありがたいです。

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